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2000年2月をもって無期限休航に入ったパーム航空の,定期便格納庫にアクセスするためのチャンネルです.
パーム航空定期便全集 2
初の日本語 OSである J-OS Pro発売前後の状況を伝える,比較的初期の定期便です.
※このコメントページ内では,フライトの順番は内容にあわせて適宜変更しています.
当時の Macユーザむけの実用的な記事.これだけの辛苦を味わいながらも Pilotを捨てなかった人たちがいたというのは驚きかもしれません.すべてを埋め合わせてお釣りが来るような何かが,当時の
Pilotにはあったのでしょう.
この年 Microsoft社から,同社の Windows CE という新OSを採用したハンドヘルドデバイスが発表されました.要するに
PalmPilotの Microsoft版といった商品なのですが,彼らはこれに当初 "Palm PC"
という呼び名をつけようとしました. Palmという言葉をブランド名に採用したことで,先行した Palm/3Com と Microsoft
は法廷で争うことになります.この記事にはそうした背景がありました.
その後の法的な争いは珍しく Palm側有利のうちに決着し, "Palm PC" は "Palmsized
PC" という名前で発売されました.しかし肝心の商品は市場ではほとんど受け入れられず,名前も "Windows
Powered Mobile Devices" さらに "Pocket PC" と変遷して今に至ります.記事の中で紹介されている
microsoft.com のページへのリンクが切れているのも,ウェブサイト自体がすでに廃虚となっているからのようです.
このころはソフトウェアの作者さんもユーザも,なんかのどかないい時代だったようです.
たぶんこの頃の最新機種だった PalmPilot Professional は 1M が標準でした.この SuperPilot
II を出してるのは今 TRGproを出してる会社です.ハードカバーは本当にカッコいいです.
J-OSがはじめて商品として世に出る頃のお話.この頃の日本の PalmPilotユーザは,日本語を表示しない素の状態のデバイスに,パソコン通信とかでダウンロードした
J-OSとフォントを入れて使ってたんです.
サルが木から下りた瞬間から,ジェフ・ホーキンズがクローゼットのシャツのポケットのサイズを測るまでの Palm/Pilotの歴史を振り返ります.
J-OS Proがらみの記事が続きます. 山田さんの精力的な開発ぶりがうかがわれます.
いよいよ最初の Pilotが世に出て,アジアの片隅ではついにあの人も登場する「Pilotの歴史」その2,物語としていよいよ佳境に入ります.残念ながら実は続きものとしてはここで終わってしまうのですけれど.
すでにこの頃から,3Com純正日本語版 Pilot の噂は真実味をもって語られていたことがわかります.これがようやく現実になるのは
1999年春ですから,実に丸一年以上,日本のユーザは待ったのですね.
PiloWebデータファイル(LZH圧縮済)
http://www.somethingfine.com/pilot/pwguide/channels/PALALL02.LZH
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